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鳥取県鳥取市の建築・設計事務所
2012年11月のアーカイブ
2012年11月25日
播磨西を訪ねて       澤 健一


IMG_1761
今回は兵庫建築士会が担当会です。この交流会も、10
回目を迎えた。10年前昨日のように思いますが、今年はその発起人の澤先生がお亡くなりになってしまいました。誌面で失礼かと思いますが澤先生、数々のご指導をほんとうに、ありがとうございました。

今回は鳥取班の遅刻で始まってしまいました。平福の待合わせに45分遅れ、「ひんしゅくもの」であります、陳謝。

平福は智頭急行に乗ると西IMG_1757側の川向に懐かしい集落景観があることを知っていましたが、車のときに寄って見ようと思いながら今に至ってしまった数少ない町です。

同時に子供の頃に見た沿線の風景を思い出しました。智頭急行以前の話だが、近代化遺産のように見ていたこの路線は、昭和41年鉄道建設公団の手により国鉄智頭線として着工されていたようです。その後、状況が一変し僅か5%の未着工区間を残したまま工事IMG_1769が凍結された。昭和60年,地元の自治体が第3セクター鉄道として出資することを決定し、現在の便利で優秀な経営といわれる智頭急行になっているようです。

  今回は結果的にテーマが「庭」になったようです。すばらしい庭を見させていただきまた。特に田淵氏庭園は起伏にとんで立体的に構成された景色が圧巻でした。現在も暮らされている邸宅の玄関を入ると、書院と蔵に挟まれIMG_1773た露地のさきに井筒があります、つるべの滑車は「織部焼」の陶器になっている趣向。そして坪庭の御籠置台の周りは拳大の御影石と思うがあられを散りばめた「あられこぼし」に敷きつめられている。やはり頑丈に地面をしているのか、でも、籠はどこから入ってきたのだろう?疑問が残ります。

書院に付随してすのこ縁の「月見台」がある。すのこは竹でできていIMG_1791るが隙間が全くない、削っていると思うがその小口が全く見えない。書院庭園や茶室明遠楼が坪庭                         に入ると視覚に入ってくる。竹門をくぐって書院の縁側に着く。縁桁は約12m一本の細い丸太であるが、とても庇の荷重を受けているとは思えない、庇桔木(はねぎ)になって天秤として荷重を軽くしているのであろうか?また、疑問です。

ここは垣根デザインのデパートでIMG_1797す。四つ目垣、黒穂垣、三つ目垣、建仁寺垣、大徳寺垣などなど何一つ同じものはない、いわゆる、つながっている物、ひとつの空間で視線が及ぶ範囲以外の垣根や格子、床や壁は同じデザインの物が無く、異なるデザインでも更に統一感をだしています。

いつも感じることだが、様々なデザインを使うと全体が陳腐なろうとする、和風建築は何らかのコードを基本に置き、

そこで多様な趣向を、職人さん達がIMG_1800表しているのであろう。

キズタとイタビカズラの植物を手摺にした石橋を渡り、「明遠楼」(めいえんろう)に向かう。途中二段になった井戸を観ながら、左に中潜りのある塀がある。中は茶室「春陰斎」(しゅんいんさい)、二畳台目(にじょうだいめ)丸畳二畳、台目畳一畳の構成で造られた究極の美しい茶室である。やはり、ここも多彩な趣向が散りばめられている。竹垂木の鼻を2僂曚廟擇蝓筋を違えIMG_1808て取り付けている。どうやって取り付けているのだろうか?「明遠楼」は2階建て、寄付の襖を開けると四畳半・三畳台目の部屋が続く。ここから遠くはるか塩田や赤穂の海景を見ていたのであろう、すばらしい眺望である。往時の塩問屋の田淵氏はこの風景を観ながら何を考えていたのでしょうか、9月に行った偕楽園の好文亭も同じロケーションをしつらえていた。1階は寄付と四畳半の茶室、待合には砂雪隠という砂を敷いIMG_1822たトイレがユニークである。

赤穂市ではもうひとつ、改修された山崎邸へ行き、その夜は灘菊の釜場にて、澤先生を偲ぶ会をDVDで映写しながら過しました、ありし日の先生は笑顔で皆に頑張れと叱咤されているようでした。あくる日は手柄山交流ステーションにて昭和41年開業のモノレールを見ました。手柄山は今で言うテーマパークの奔りでしょうか、広大な敷地に好景気の遺跡がありまIMG_1859す。そして「播磨の国」姫路西国街道を歩く。姫路にはよく来るが、この船場・城西地区を訪れたことはない。多くの江戸時代の面影が残されている。そんな中、原田光明堂という姫路仏壇の製造販売店を覗く、製造過程を細かく亭主に案内していただいた。奥様が鳥取市出身というのも親しみを感じながら家一件分もするような仏壇を拝見しました。そして西国街道を歩き、のこぎり状になっている街路を(防敵)通り景福IMG_1861寺、ぐるっと廻って船場本徳寺に着く。

ここでは、アトリエフォルムの吉田さん中山さんに案内をしていただきます。1618年建立の本堂を中心にした真宗大谷派姫路船場別院轉亀山本徳寺を再生保存活用しながら「船場まちづくり」の核として活動を行っておられます。保存改修を行い移築した行在所にはすばらしい襖絵が残っています、一見の価値があります。

帰り道になります、姫路市街から円教IMG_1870寺を過ぎて弥勒寺によりました。滝石組の池泉鑑賞式庭園です。ここも公開はしていないがお願いして観させて頂きました。              

 播磨西エリアは鳥取から身近なところでもありますが、意外と建築散歩は出来ていません。潮干狩りにはよく行きました赤穂、姫路城、姫路商工会議所には何回となくお邪魔している姫路、そしていわゆる中央兵庫のあたりはまだまだお宝がありそうです。何回行っても奥の深い県です。

 

カテゴリ: スタッフブログ at 2012年11月25日 │(トラックバック:0)